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高松高等裁判所 昭和24年(控)976号 判決

控訴人 被告人 株式会社新居浜製釘所 代表者取締役 西尾寵之助 外二名

弁護人 岡田玄次郎

検察官 大前滝三関与

主文

原判決を破棄する。

被告人株式会社新居浜製釘所を判示第一の(イ)の罪につき罰金参拾万円に、判示第一の(ロ)の罪につき罰金百五拾万円に、

被告人西尾寵之助を懲役六月及び罰金拾万円に、

被告人西尾周三を懲役六月に、

各処する。

但被告人西尾寵之助、同西尾周三に対し本裁判確定の日から参年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人西尾寵之助に於て右罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中原審証人芥川文男に支給した分は被告人西尾寵之助の負担とし其の余の原審における訴訟費用は全部被告人等の負担とする。

理由

弁護人岡田玄次郎の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点について

法人の代表者が正規の会計簿以外に別口帳簿を作成して所得を隠匿し納付期限までに何等の申告をせず従つて法人税の納付をしないときは法人税法第四十八条第一項の詐偽其の他不正の行為により法人税を免れた場合の既遂と解するを相当とする。正規の法人税を所定の期限までに納付した場合に対比すればこの理は明らかである。所論の同法第三十条の規定はこの解釈を妨げるものではない。本件は正にこの場合に該るのであるから逋脱犯の未遂で犯罪にはならないとの論旨は採用出来ない。

同第二点について。

原判決が本件会社及被告人西尾寵之助、同西尾周三の個々の益金個々の損金(必要経費等)の当否を判示せずしてその普通所得金を認定し続いて法人税、所得税の各脱税額を算出していることは所論の通りであるが原判決挙示の証拠によれば原判決は個々の益金、個々の損金について一々その当否を判断して結論を出していること即ち所得額を算定し続いて脱税額を認定していることが窺えるのであつてこの点については本件訴訟記録並原審に於て取調べた証拠を精査し弁護人の援用する事実を検討しても所論のような判断の遺脱、或いは犯意とか脱税額についての事実誤認の形迹は見当らないから論旨は理由がない。

同第三点について

論旨は原判決が本件法人税法違反につき被告人西尾寵之助と同西尾周三との共謀関係を認定し西尾寵之助に行為者としての責任を負はしたのは事実誤認であると主張するのであるが原判決挙示の証拠によれば優に右共謀の事実を認めることが出来るのであつて本件訴訟記録並びに原審証拠を調査し弁護人援用の事実を斟酌しても原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

同第四点について

本件訴訟記録並びに原審の証拠を調査し弁護人援用の事実を吟味すると(イ)被告人西尾寵之助、同西尾周三はいづれもこれまでに前科がなく、本件税法違反検挙後悔悟、謹慎していること(ロ)逋脱した税金は総べて完納せられていること其の他の情状が認められるから被告人等に対する原審の量刑は稍重すぎると思はれるからこの点の論旨は理由がある。

仍て刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決はこれを破棄し、同法第四百条但書の規定に従い当裁判所において次の通り自判することとする。

罪となるべき事実及びこれを認めた証拠は原判決に記載の通りであるからここにこれを引用する。

法律の適用

原判決に記載の各法条の外昭和二十五年三月三十一日法律第七十二号法人税法の一部を改正する法律附則第二十項、昭和二十三年七月七日法律第百七号所得税法の一部を改正する等の法律附則第六十条、昭和二十五年三月三十一日法律第七十一号所得税法の一部を改正する法律附則第二十一項、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六条第十条第二十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 浮田茂男 判事 熊野一良)

弁護人岡田玄次郎の控訴趣意

第一点原判決はその理由第一の(ロ)に於て被告人西尾寵之助同西尾周三は共謀して被告会社の業務に関し「昭和二十二年十一月一日より同二十三年十月三十一日までの同会社の事業年度において云々法人税金百六万五千八百五十七円であるにも拘らず正規会計簿以外に別口帳簿を作成して右所得を隠匿しその納付期限である同年十二月三十一日までに何等の申告を為さずして右事業年度の法人税金百六万五千八百五十七円を逋脱し(昭和二十四年一月二十日漸く正規会計のみの決算書類を作成して、これによる普通所得金二十一万九千三百七十五円超過所得金十八万三百七十七円これに対する法人税金十万七千七円なる旨の申告書を新居浜税務署に提出し)」と判示し被告人等が別口帳簿を作成して所得を隠匿したこと及びその納付期限である昭和二十三年十二月三十一日までに何等の申告をしなかつた事実を捉えて判示法人税の逋脱罪の成立を認定された。而して右逋脱罪は昭和二十三年十二月三十一日の納付期限経過と同時に既遂状態に達したものと認定されたものと解される。

しかし法人税法第三十条は「政府は納税義務があると認める法人が申告書を提出しなかつた場合又は法人税を課すべき所得がない旨の申告書を提出した場合においては政府の調査により課税標準を決定する」と明定し法人が期限までに申告書を提出しなかつた場合の課税標準は政府自らこれを決定するのであるから、これが決定を見るまでは課税標準、税額共に決定しないのであつて前掲申告且納付期限である昭和二十三年十二月三十一日を無申告のまま経過したからといつて直に逋脱罪が成立する訳はない。二重帳簿の作成が税逋脱を企図した所為であつたとしてもこれ丈で納税を免れ逋脱の目的を達したとは云えない。

又原判決は被告人は昭和二十四年一月二十日に至つて漸く正規会計のみの決算書類を新居浜税務署に提出した旨判示し恰も被告人等が、その時において虚偽不正の申告をしたかのようにいつているが、これは事件発覚の翌日税務官吏の要請によつて提出されたもので被告人等が好んで提出したものでない(原審証人上原忠義調書記録三二丁、三五丁、四七丁御参照)から該申告に基いて脱税額を決定するのは不当である。これを要するに本件は昭和二十四年一月十九日脱税嫌疑で徴税吏員の捜索差押を受けた当時はまだ無申告の状態にあつたのみならず右発覚と同時に被告会社は脱税額に相当する金額百四十六万百九十五円余(外に加算税及追徴税も)を完納したのであるから被告等の企図したことが仮令非難に値するとしても未だ以て本件は逋脱犯の成立時期に至つていない。然るに原審が何等この点を審究しないで、たやすく本罪を認定されたことは税法罰則の解釈を誤つたか若くは理由不備の違法があると信ずる。

第二点原審は判決理由の第一の(イ)に於いて法人税金二十三万三千百六十九円(ロ)において法人税金百六万五千八百五十七円第二の事実につき所得税二十四万九千七百円を各々逋脱した旨認定し被告等も大体その数字を自認しているようであるが、被告等がその数字を認めたからといつて税法上当然控除すべき必要経費の如きはこれを控除して所得額等を決定すべきであるに拘らず、原審がその当否につき何等の審究をしないで前示脱税額を認定されたのは理由不備の判決と信ずる(その数字については追て提出する趣意書に指摘する)。

第三点原判決は判示第一事実について被告人寵之助、周三両名の共謀関係を認め被告人寵之助に対しても脱税行為者としての責任を科したけれども別口帳簿を作成し虚偽の申告をし又はこれを為さんとしたものは被告人周三であつて寵之助はその行為に干与したものでないに拘らず同被告人を行為者として周三と同一責任を科したのは証拠に因らず罪を認定したか事実誤認の嫌ある判決と思料する。

第四点原審は被告会社に対し罰金合計二百四十万円、被告寵之助に対し懲役六月(三年間執行猶予)及罰金二十万円、被告周三に対し懲役六月の刑罰を科せられたけれども被告人等は本件発覚後に於てはその非を悟り別口帳簿をも提出して徴税官吏の調査を短時日の内に完了せしめその脱税額に相当する金額の外に加算税、追徴税を速に完納して何等国家に対し損害を加えなかつたのみならず、本件は時恰も税制改革の過渡期に於て犯された罪であつて体刑を科さねばならぬ程悪質の脱税犯とは思はれないに拘らず行為者でない兄の寵之助を懲役刑を以て処断した上弟の周三に対しては懲役六月の実刑を科したのは、その量刑甚だ重きに過ぐる嫌ありと思料する(昭和二十四年一月二十日大阪地裁同年一月三十一日同地裁判決新判例御参照)。

弁護人岡田玄次郎の補充控訴趣意

第一点(1)法人税法第四十八条第一項は税逋脱の罪につき「詐偽その他不正の行為により法人税を免れた場合においては」云々と規定しただけで税を免れようとした場合又は逋脱を図り若くは逋脱せんとした場合の規定を欠いでいる。茲において右にいう「法人税を免れた場合とは如何なる場合をいうのであるか頗る疑わしい凡そ税逋脱の罪も犯罪行為である以上行為の進行過程において予備、未遂、既遂の段階があるべきで脱税犯であるからといつて、この行為の段階を無視することは理論上適当でない。

(2) 今仮にこれを各種税法の罰則に関する法文形式に照らし考えても税の逋脱犯には既遂と未遂の区別があることが明かに示されている。即ち概ね直接税系統に属する法人税、所得税、相続税等については詐偽その他不正の行為によつて「税金を免れたる者は」と規定しただけであるが、間接税系統に属する酒税法、清涼飲料税、砂糖消費税、物品税、取引高税等の逋脱に関する規定は区区にして或は詐偽その他不正の行為によつて酒税の「免除を得又は得んとしたる者若くは酒税を逋脱し又は逋脱せんとした者」と規定し或は「清涼飲料税を逋脱し又は逋脱を図つた者」と定め或は又「消費税又は物品税を逋脱し又は逋脱せんとした者」と云い特に取引高税にあつてはこれ等と稍々表現を異にし「左の各号の一に該当する者はその免れ又は免れようとした取引高税の云々」と規定されていて明に税を免れた場合と免れようとした場合及税を逋脱した場合と逋脱せんとし又逋脱を図つた場合とを明確に示しているのである。これによつて脱税犯にも未遂既遂の段階なり限界なりのあることは法文上でも是認されていることが明かである。然らば法人税法第四十八条第一項に謂う「税を免れた場合」とは何を意味するのであろうか、何時の時を以て茲にいう税を免れた場合と言えるのであろうか結局税逋脱の本質や税法の各条文を検討して合法的な解釈をなすべきであると信ずる。

(3) 元来脱税犯の処罰が国家財政上の損失を確保することが目的であることは改正後の現行税法の下でも当然考え得ることである。尤も現行税法罰則に懲役刑を定め情状により懲役と罰金の併科を為し得べき旨を規定し又は罰金刑の裁量範囲を拡張したことなどによると行為者の罪悪性を処罰する意味も考え得るけれども結局は脱税額の大小多寡が主として罪の軽重を決定するものであることに異論はないであろう。それ故吾々は今尚脱税犯は形式的には勿論刑罰の一種であるが実質的には寧ろ不法行為に基く損害賠償に類するもので、納税義務者がその義務に違反して不正にその義務を逋脱することに因り国庫に及ぼすべき金銭上の損失を防止することが主たる目的であると確信している。(美濃部博士行政刑法概論一七一頁)

(4) この観念に従えば法第四十八条一項の所謂「税を免れた場合」とは国家の有する租税債権が侵害された時と解するのが正しく該債権が侵害されない以前においては所謂税を免れようとしたとき或は税の逋脱を図り又は逋脱せんとした場合に相当するのであつて租税債権の現実な侵害即ち国庫の損失は未発生の状態にあるものと考える。而して税を逋脱せんとした時期が経過して逋脱した時期に到達するのは何時かを具体的にいえば会計法第六条に規定する(租税その他の歳入を徴収するときは、これを調査決定し債務者に対して納入の告知をしなければならない)手続に移行する時であると考えられる。何となればこの時期において租税債権の内容が具体的に確定しこの時期に具体的な租税債権が侵害せられ、租税の収納の減少の生ずべき事実が起つたと観念するのが最も税法の目的に適した考え方であると信ずるからである。

(5) 尤もこの考え方は租税賦課課税制度の下では適当な解釈であるが現行の申告納税制度の下では不可であるとの反対論も予想し得る。併し法人税並所得税法などが改正の結果申告納税制度が採用されたといつてもそれは必ずしも絶対的なものでなく唯自己の納める税は自らの責任において申告と同時に納税し政府の手を煩はさないようにするという民主的な納税法を施行したに過ぎない一の理想を法文化したまでのものであつて罰則の解釈にまで一々その理想に織込んで厳格な解釈をすることは妥当でない。申告納税制度が一から十まで国民の責任において完璧が望まれるものであれば政府において申告を更正し無申告の義務者に対し課税標準を決定するなどの規定を設くべきではない。法律が政府に対しこの申告に対する更正及無申告者に対する課税標準の決定権を持たしめた所以のものは国民の申告納税なるものが必ずしも正確なものでないことを予想している証拠である。これを改正後の実際の運用状態に見ても納税者の申告納税を政府がそのままこれを是認した例は殆んどないといつて過言ではない。殆んどの納税者に対し政府の調査を名として更正決定を与え又無申告者に対しては相当の課税標準を決定通知している実情である。而もその額は実数によらない一定金額の割当といつた恰好の不均等な賦課を強行して現に国民の非難を買つている有様である。かかる現状において申告納税制度が法文に規定されたからといつて罰則の解釈を厳格にし特に逋脱犯の本質を没却するような曲解を試みようとするのは大なる誤謬を犯すものに外ならぬ。

(6) 原審判決の第一の(ロ)の事実に対する擬律は即ち申告納税制度の理想に捉われ法人税法第三十条の規定を無視した見解である同条は「政府は納税義務があると認める法人が申告書を提出しなかつた場合においては政府の調査により課税標準を決定する」と定め更に同法第三十二条は「政府は前三条の規定により課税標準を更正又は決定したときはこれを納税義務がある法人に通知する」と規定している。即ちこの規定は無申告の場合に於ける政府の為すべき調査及通告の手続を定めたものであつて無申告の場合に於ける課税標準は政府の調査、決定、通知なる行政行為によつて決定するものであることが示されているのである。

元来租税に関する公法上の債務関係は法律の規定若くは行政行為に因つて決せられる。印紙税、骨牌税、関税のように租税債務が法律により直接確定せられる場合は兎も角法人税、所得税のように申告によつて租税債務が発生し具体的に決定する場合の外は政府の行政行為によつてその債務関係は確定するものであるから無申告の場合の租税の債務関係は法第三十条及第三十二条に定めた政府の行政行為によつて決定される。これが則ち課税標準の決定並通知を意味するものである。換言すれば申告納税制度を採用した現行法人税の下においても無申告の場合にあつては法人税の債務関係は賦課課税制度も同様に政府の行政行為によつて確定するものであり、この行政行為なき以前においては該債務関係の発生なくその範囲も確定しないものであることが窺い知れるのである。

(7) 果して然らば原審判決第一の(ロ)の事実において被告人等が申告期限である昭和二十三年十二月三十一日迄にその申告をしなかつた一事によつてその時に逋脱犯が成立する道理はなく翌二十四年一月十八日の発覚当時に於ては本罪は未遂の状態にあつたものと言うべく結局法第四十八条に所謂「法人税を免れた場合」に該当しないものと解さねばならぬ。

(8) 原審の昭和二十四年一月二十日被告人等が恰も虚偽の申告を為したかの如き認定に対しては、これが被告の意思に出たものでないから、この事実によつて逋脱の責任を問うことの不当なことは曩に控訴趣意書第一点の後段において論述した通りである。

以上の論述を以て正論とするならば本件第一の(ロ)の事実は別口帳簿の作成なる非難に値する事実は一応認め得るけれども、その一事は未だ以て法人税を免れた場合とは言えないのであつて所謂税の逋脱を図つたという未遂の段階にあつたに過ぎないのであるからこの未完成な逋脱行為に対して法人税法第四十八条第一項の「税を免れた」完全な逋脱罪の罰条を以て擬律した原判決は不当である。

第二点(1) 原判決挙示の証拠である原審証人上原忠義の証言の内容を検討すると 第一の(イ)の事実における普通所得金四十六万六千七百四十六円なる計数は所轄税務署に於て否認した(1) 仮受金八万七百八十九円(2) 売上金四万三千二百円(3) 寄附金の内六千八百九十八円合計十三万八百八十七円でその課税標準である普通所得を七万八千百三十一円と更正決定し外に別口支出の内否認した(4) 給料手当の内一万二千円(5) 旅費交際費の内五万円(6) 機械及設備費の内原価償却超過額として十七万二千四十円正規会計への貸付金七万六千八百七十円期末現在の現金在高八万二千六百二十四円五十六銭合計三十九万三千五百三十四円五十六銭これから控除すべきもの四千九百十九円差引三十八万八千六百十五円に前記更正決定額七万八千百三十一円を加算したもの即ち四十六万六千七百四十六円が第一期分の普通所得額であると言ひ(原審第二回公判調書上原証人調書中記録四〇丁から四一丁参照)第一の(ロ)の事実における普通所得金百九十五万七千九百六十八円なる計数は同税務者において否認した(1) 取引高税三千三百三十六円(2) 建物価償却超過額四万二千八百八十八円(3) 什器同上五千四百八十五円(4) 機械設備同上三万四千四百三十七円合計八万六千百四十六円を第一期において否認し第二期に是認した十二万三千九百八十九円から差引した残り三万七千八百四十三円を申告して来た二十一万九千三百七十五円から控除した残額十八万一千五百三十二円とこれに別口会計の所得七十八万五千十三円及別口にも出ていない九十九万一千四百二十三円を合計したもの即ち百九十五万七千九百六十八円であると言ひ(原審第二回公判調書上原証人調書記録四三丁から四四丁参照)第二の事実における所得金四十八万五千二百六十五円なる計数は総収入三百四十七万九千二百十三円から必要経費と認められる材料代、給料、工賃その他合計二百九十七万六千三十七円二十八銭と外に控除すべき不動産所得六百十七円給与所得一万七千二百九十四円を加へた二百九十九万三千九百四十八円二十八銭と総収入金額との差額四十八万五千二百六十五円が即ちそれである旨述べている(原川審公判調書芥証人調書中記録五二丁から五三丁御参照)以上の供述によつて知られる被告人等が別口帳簿を作成して所得を隠匿した点は暫く措き右に指摘した所轄税務署の認定によつて除算された各個の数字即ち損失額(収入金も含む)は必ずしも被告人等が故らに脱税の意図を以て作為計上したとは断じ難い。これ等除算額の悉くを脱税額に算入したのは不当である。

(2) 由来租税犯はその行為の内容から見て逋脱犯と秩序犯とに大別される。前者は納税義務者が実際に負担する租税債務を違法行為によつて免れる場合であり後者は納税義務者等が租税収入確保を目的とする法規に違反した場合であつて秩序犯は著しく行政犯的性質を有するものであるが、逋脱犯は寧ろ或程度の犯意を必要とする場合が少くない。これ則ち租税の逋脱は納税義務者が不正の手段により義務の履行を怠り故意に租税収入の減額を計り因て租税債務を不当に免れる行為であるからである。

(3) 被告人等が二重帳簿を作成して所得の隠匿を図つた行為は明かに不正の行為に相違ないが被告人が申告書に添付した書類の損失勘定費目中計上された損失金の内所轄税務署が仮にその損失を否認しこれを除算したからといつてその悉くが被告の脱税意図に基く不正行為であるとは遽に解し得ないのである。又二重帳簿中の収入金額は所得の隠匿であり脱税意図に出た不正行為と断定できてもその支出欄に計上された損失は別に不正行為と見られるべき証拠のない限り飽くまで損失は損失であつて税務署の一方的な否認によつて否認額の全部が脱税の意思に基く不正行為だと断定することは許されないのである。

(4) 税務署が右(1) に指摘したように色々の費目を否認し除算したその根拠は法人税施行細則あるいは法規的な裁量によるものと思はれるが該施行細則では損失に算入し得べき金額の限度は必ずしも一見明瞭なりとは云ひ難く又これが除算の根拠となつた税法運用上の内規的な裁量に至つては部外者である被告人等には事前に窺知し得べくもないから不正行為に関する明かな証拠のない限り否認除算があつたからと云つて直ちにそれが脱税意図に基くものとは速断し得ないのである。

(5) 特に会社の所得及営業純益は如何にして計算されるかは会社経理上極めて複雑且重要である。然るに税法においてはこれを唯単に「その事業年度の総益金より総損金を控除して計算する」とあるのみで種々の取引、資産価格の増減、資産負債の増減、資産の処分、負債の整理等日々生ずる実際問題は一々その事実についてこれが適否を判断されるもので日常その事務に従事するものでさえその判断に苦しむものが尠くないのであるから会社の経理上の処置が税務署の認定と異なる所があつたからといつて直に脱税の意思があつたと云えないのは蓋し当然である。

(6) 原判決挙示の証拠である上原証人の供述において別口帳簿にも出てゐない全く隠れた所得九十九万一千四百二十三円の計算関係が述べられているが、これについても支出の前社長に対する分配金四十七万円を始めその他の費目合計九十九万一千余円を否認し除算している(原審公判調書上原証人調書四五丁から四六丁御参照)。しかし右前社長に対する分配金とあるのは内十七万円が前社長外七名の被告会社に対する出資払戻即ち株式譲受代金であり、残り三十万円は前社長に対する功労金(手切金とも云ふ)等に支払はれたものであることは原判決挙示の証拠、証第十一号創立関係書類綴中のこれに関する契約書及被告人寵之助、周三、足立興三の各供述を参照すれば明白である。元来重役特に社長であつたものが会社を退職するに当つて会社がこれに贈呈する退職慰労金、功労金のようなものは特に脱税の意図に出たものでない限りは損失として是認するのが当然である。然るにかゝるものまで損失から除算されているのである。税は成るべく重複課税を避けねばならぬことはいふ迄もない。然るにもしこの場合除算が許されるとしたら贈呈者の会社はこれに対する法人税を払ふ一方受贈者の前社長は亦これに対する所得税を支払わねばならぬ関係上二重課税となるのである。

(7) その外第一期分の正規帳簿中の支出合計二十六万七千九百四十三円七十銭(記録三九丁)更正決定により否認した合計十三万八百八十七円(記録四〇丁)第二期分の正規帳簿に表はれた支出合計八万六千百四十六円などは現に被告人が申告書に添付して提出した損失勘定中に計上された費目であつて被告人等に脱税の意思のなかつたことは自ら明瞭である。然らば右除算額に関する部分については逋脱罪の責任が及ばぬものと解せざるを得ないのである。(右所論については別紙添付の判決昭和二十四年九月二十八日大阪高等裁判所第十刑事部の判決写を参照せられたい)

第三点は控訴趣意書に述べた通りであるから別に釈明しない。

第四点も控訴趣意書に述べた通りで何も附加する所はない。唯原審の量刑が余りにも独断に流れ近時都会地における逋脱罪の刑の量定が如何に寛大であるかという最近の判例傾向などを少しも顧みられなかつたことを頗る遺憾とするものである。今茲に参考資料として本年一月以降五月迄における大阪地方及同高等裁判所が各種脱税事件に対して与へた判例の幾つかを展示したい、これは大阪判例研究会編「経済関係新判例」なる法律雑誌の本年七月号に掲載されたものを謄写したものであるがこれ等所載の事案と本件事案とを比較考慮したとき原審判決の量刑が如何に重いかが明瞭であるばかりでなく、特に被告人周三に対し懲役六月の実刑を科したことが余りにも厳重苛酷であることが知れるのである。希くは別紙添付の諸判例をも十分に御参酌の上御寛大な量刑と被告周三に対しては刑の執行猶予の恩典に浴せしめられんことを切望いたします。

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